入試案内 - 入試報告会御礼

2010/4/22

駒込学園・4月入試報告会御礼

                                    校長 河合孝允

 入試報告会2010

この度は入試報告会にお出で戴き心より御礼申し上げます。

雨の舗道が緑に映えております。不忍池の柳が揺れて、遠く長安の都の風情を醸し出しています。実は、この不忍池は唐の時代の長安の都につながる本校ゆかりの池でもあるのです。

江戸を開くにあたって天台宗の天海大僧正は、比叡山を東に持ってきて上野の山を「東叡山」といたしました。そして琵琶湖に摸したのが不忍池であり、琵琶湖の竹生島に摸したのが弁天島なのです。昔はもっと広大な池でしたが、埋め立てられ田となり稲作が行われ、そして現在の市街地に変わっています。

幕府は上野の山が江戸の都の鬼門にあたるためここに都の鎮めとして「東叡山寛永寺」を置きました。

比叡山は平安遷都にあたって桓武天皇の命で最澄上人が唐に渡って中国天台の経典を持ち帰った時の鎮護国家の山です。時の唐の都は長安でしたから建物も文物も長安様式のものが丸ごと比叡山に移入されたことになります。それが上野の山に移植された分けですから不忍池の柳に「長安の柳絮の世界」を詩的に読み取る風情があっても良いのではないかと思っています。長安の貴族は別れにあたって柳の一枝を送りました。芭蕉の名句「田一枚植えて立ち去る柳かな」はこれを踏まえて作られています。別れの歌ですから、柳でなければならなかったわけです。「わずかの間でしたが俳句の道を皆様にお伝えできてうれしく思います。別れに際して皆さまから戴いた感謝のお言葉を柳の小枝として確かに戴いてまいります」と述べている歌です。

ところで、この不忍池に弁天島を築き、そこに経蔵庫を建てたのが了翁禅師です。本学園の元となった勧学講院の創始者です。勧学講院は戊辰戦争のとき、薩長軍の宿舎となり焼け落ちて現在の駒込の地に移り「天台中学・大学校」となり、大学部が仏教連合大学として大正大学になり、中学が駒込中学となって現在に至っております。

この了翁禅師(りょうおうぜんじ)という方の精神が実は本校の[子供中心主義]の精神の母体になっています。

江戸の大火は常のことでした。また地震災害も大きなものでした。その都度、了翁禅師は親を失った孤児たちを全寮制の寺子屋に無償で引き取り、読み書きそろばんを教えておりました。それが百軒長屋と呼ばれる勧学寮となり、やがて天和2年(1682)に幕府に認められ勧学講院となりました。仏教と儒教と老教の学問所として江戸の庶民に解放された学問所でした。この寮で、物を大切にということで大根の切れっぱしを漬物にして、赤く着色して輪王寺の宮様に命名してもらったのが「福神漬け」です。本校は「福神漬け」の生みの親の学校なのです。

さて、今回、入試報告会で「理念体私学の改革課題」を述べさせていただきました。これは了翁禅師が生涯を賭して作り上げた理念型の寺子屋が現在の本学園であると思うからです。もちろん一つの学園だけで理想が追求できるものではありません。さまざまな私学が独自教育の旗を掲げて、自由で多様な教育を展開して行くことが大切だと考えています。本校はたとえ小さくても「一隅を照らす教育」をしっかりとやりとげて行けば、必ずこの教育を必要とする皆様との大きなご縁をいただけるものと確信しています。

時代はグローバル資本主義の時代を迎え、資本力にものを言わせる学校づくりも強まっています。経済至上主義の世の中ですから別に悪いとは言いません。本校の在り方とは異なると言っているだけです。一私学が生意気だといわれるのなら、「本邦の歴史的精神を理解しない無国籍的資本の論理を本校に向かって振りまわされても迷惑である」とお答えするだけです。「夫子の道は○○のみ」の○○に入る言葉を学んでこなかった方と論争しても始まらないからです。たとえ、忠恕のふた文字を与えても理解不能では会話にならないからです。成果主義オンリーで仁道と想いやりに欠けた学校づくりは本校の教育の本道から外れます。 

本校は肩肘を張った物言いは厳に慎んでいます。自分の息子が東大に入ろうと[愚息]と言うのが正しいからです。生徒の頑張りには拍手を送りますが私ども教員の成果として謳うことはいたしません。謙虚さを失ったら了翁禅師に叱責を受けるからです。

どの子も国の宝です。ご縁のできた全ての子供たちと日の暮れまで遊んで過ごせる学校でありたいと念願しています。

― 遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけむ 遊ぶ子供の声聞けば わが身さえこそゆるがるれ (梁塵秘抄)―

今年度も入試報告会において先生方の強い想いと激励をいただき、大変ありがたく思いました。また元気に子供たちと新年度をスタートさせます。

この度はご来場いただき心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

― 多摩川に さらす手作り さらさらに 何ぞこの子の ここだ愛しき ―(東歌)

謹白