5月25日(日)より3班に分かれて、2泊3日の比叡山研修を実施しました。
天台宗の総本山・比叡山延暦寺を舞台に、坐禅・写経・御法話・精進料理など、日常では決して体験できない修行の様子を生徒の感想とともにお伝えします。
■ 非日常の中で気づいた「当たり前」の価値
研修では、食事一つとっても普段とはまったく異なるルールの中で過ごします。食器を置く音にも気を配り、会話を慎み、静寂の中で箸を動かす——そんな緊張感の中で、ある生徒はこう振り返りました。
「ご飯は話しながら食べられないし、お茶碗を置くのにも緊張する。でも、それは普段私が友達と楽しく笑い合ったり、ご飯をごく当たり前のものとして考えていたからこそ、そう感じるのだと思った」
また、「いただきます」「ごちそうさまでした」という言葉に込められた深い意味——食材の命への敬意、食に関わるすべての人への感謝——を学び、何気なく発してきた言葉を見つめ直す機会となりました。
■ 精進料理と「洗鉢」の作法
食事では、お茶を器に注いでたくあんでぬぐい取る「洗鉢」という作法も体験しました。器についた一粒の米、一滴のお汁まで残さずいただくこの所作は、「命をあますことなく口にとりこむ、生きものたちへの最大の誠意」だと実感した生徒もいました。普段当然のように食卓に並ぶ食事の重みを、体全体で学んだ瞬間でした。
■ 写経・坐禅で自分と向き合う
写経の時間には、静寂の中で筆を動かしながら、自分が本当に望むものと向き合います。「何になりたくて、何を一番願っているのか」——すぐには答えが出なかったというある生徒は、こう気づきました。
「普段私が何となく生きていて、大事なところで立ち止まって考えていないことに気づいた」
導師の方から「何か目標を決め、常にそれを意識して生きてみる。失敗しながら、徐々に自分にとっての正解の道を探せば良い」という言葉をいただき、完璧を追い求めることをやめ、自分の歩むべき道を探す姿勢を持つことを誓った生徒もいました。
坐禅止観では、外界の刺激や自分の感情に振り回されない「ぶれない心」を養うことの大切さを学びました。思春期の揺れやすい心を見つめ直し、精神を整える時間として、多くの生徒に深く刻まれた体験となりました。
■ 「辛い」瞬間こそ、成長のとき
慣れない正座で長時間過ごす中で、ある生徒は気づきました。
「辛い、辞めたい」という感情が出てきたとき、人は集中を乱され、煩悩に支配されてしまう。その感情に気づき、耐え、乗り越えることこそが成長であると。
仏教の教え「六波羅蜜」の一つ「忍辱(にんにく)」——困難を耐え忍ぶ実践——を体全体で学んだ瞬間でした。
■ 研修を終えて
2泊3日を終えた生徒たちは、「当たり前に過ごしている毎日が、どれだけ多くの支えや犠牲の上にあるかを実感した」と語りました。
駒込学園の建学の精神「一隅を照らす」
——自分の置かれた場所で、自分のなすべきことを果たしていく
比叡山の地で生徒たちが体で感じ取ってくれたであろうその意味を、今後の学校生活や人生の中で大切にしてもらいたいと思います。






